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      <title>シルエットの先には・・・</title>
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      <description>大好きな蝶々モチーフや生物</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>前回の続き</title>
         <description>茶色のアイシャドウは、赤みの強いものをぜったい選ばないとか、赤い口紅は黄色みのある色はぜったいダメとか。

そうしてどんどん×をつけていくことが、化粧品の正しい選び方なのです」

ともかく、これもダメあれもダメと、その理山を考えずにやみくもに買い続けてしまう人は、いけないタイプのブリークなのである。

美容の天才も、やみくもからスタートするのは同じ。

でも、失敗するたびに、×を増やし、選ぶ範囲をぐんぐんせばめていく。

ただそれだけ。

つまり、化粧品選びにおける天才ワザは、たったひとつしかない。

&quot;分析力&quot;である。

&quot;女はお金をかけた分だけキレイにナル&quot;というのも、ひとつの真実である。

でも、美容の天才は、キレイはお金で買うものじゃないと思ってる。

お金はかけても、ぜったいにモトはとる……これである。
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         <pubDate>Sun, 08 Jan 2012 11:23:27 +0900</pubDate>
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         <title>失敗しよう！</title>
         <description>お金はかけてもぜったいモトはとる。

ある雑誌の企画で、読者の方の質問に私が答える、というものがあった。

質問の内容は、「化粧品の選び方がわからず、化粧品がどんどん増えるばかりで、なかなか気に入ったものにめぐり合えません。どうしたらいいでしょう」。

とってもよくありがちな、素朴だけれど、永遠不変の疑問だった。

私は、回答にすごく迷った。

それがわかったら誰も苦労しませんとも言えないし、みんなそうなのですじゃ答えにならない。

それは私自身も未だ解決できていない美容の&quot;核心&quot;そのものなのである。

私は結局、こう答えた。

「ともかく、失敗してください。

最初は自分に何が必要かなんて、まずわかりません。

ムダな化粧品が増えていくのは、ある程度は仕方がないこと。

高い勉強だと思うか、投資くらいに考えて。

でも、ぜったいしちゃいけないのは、それをいつまでも繰り返すこと。

失敗したら、なぜ失敗なのかを必ず考えること。

ぜったい理由があるはずです。

理由を見つけ出すことに意義がある。

そして同じ失敗は二度くり返さない。

つまり消去法です。</description>
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         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 11:23:03 +0900</pubDate>
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         <title>目指すべきところ</title>
         <description>前回の続きですが、同時通訳という超エリート職業に就きながら、私には合わないとキャスターに転身、女優もこなす超美人。

天才の2乗のような石非苗子さんが、トーク番組で言った言葉に火をつけられた人もいたはずだ。

「50歳までに精神分析医になれたらいいなと思って、今また学校に通い始めたんです」女は減っていかない。

自分で増やしていけるんだと、目が覚める想いだった。

こういう女性たちの夢は、決まって「人の役に立つこと」。

自分のさらなる向上を人のために役立てる。

大きな愛をもって。

だからよけいに若さも美しさも力も絶対減っていかないのである。
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         <pubDate>Tue, 08 Nov 2011 11:22:13 +0900</pubDate>
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         <title>年上女性学</title>
         <description>女は最後に、人の役に立つ！！

世の中には、偉大な女性っているものだ。

90歳も近いというのにその辺の政治家などより、よほどパワフルで弁舌爽やか、社会の不条理をしかる女性。

そして80歳を越えてなおエレガント、しかし信念に迷いなく、女性の地位向上に一生を捧げようとする女性。

家のない季節労働者に食事を配り衣服を与えて、叱咤激励する&quot;下町のマザーテレサ&quot;は60代……。

最近ハッと気づいたのは、ご本人たちにとっては甚だ迷惑なことかもしれないが、こういう女性たちの存在を知ることそのものが、じつはものすごい&quot;美容&quot;になるということ。

女は若さとかキレイが減っていくにつれ、早い話が歳をとるにつれ、&quot;あきらめること&quot;しかしなくなる。

「もう」とか「今さら」という言葉をやたらに吐くようになる。

でも世の中には、あきらめるどころか、キャリアを積むほどに強く気高く夢を実現していく女性がいることを知ると、あきらめかかった女の体の中にも、ポッと火がつくのだ。

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         <pubDate>Sun, 09 Oct 2011 11:21:48 +0900</pubDate>
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         <title>継続性のある運動　４</title>
         <description>流域全体の視点から地域計画を考えるために、上流部の人びととの交流を重視しています。


人と人との交わりこそ原点であると考え、心の交流に着目しているのです。


本来、川は、子どもたちが泳いだり、白魚が棲むことのできる程度の水質が維持されるべきでしょう。


河川の水質環境基準で、B類型(BODで３PPm以下)より悪くしてはいけません。


近代国家建設の過程において、隅田川の水質は、その時代を大きく反映しています。


明治時代の近代化に伴う殖産興業の国家方針で、近代産業の興隆と歩を同じくして、セメントの需要が高まりました。

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         <pubDate>Sun, 18 Sep 2011 13:24:58 +0900</pubDate>
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         <title>継続性のある運動　３</title>
         <description>「深川アピール」は、１９８７(昭和６２)年１１月７日、東京都江東区の深川江戸資料館における水のネットワーク構想の結論です。


それは、「隅田川流域をはじめ、広く他の流域の人びととの交流を活発にし、緑豊かな水辺空間のネットワークづくりを通じ、新しい文化を創造する」と決まった。


河川網を活用して都市に水と緑の撰を打ち込み、生活環境の改善を図りながら、あらゆる分野の人びとと交流を深めて、そこから新しい文化を創造しようというねらいです。


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         <pubDate>Thu, 18 Aug 2011 13:24:44 +0900</pubDate>
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         <title>木造住宅</title>
         <description><![CDATA[木造住宅では、間取りを考え、屋根の形状を決め、構造は後からそれに合わせることができるが、これが問題です。


間取りと構造と意匠は総合的に考えられなければなりません。


また木造2階建住宅の場合も、すべての柱が上下に通らなくても梁の成を大きくし、その上に柱を建てることで技術的に解決してしまう手法が多くとられているが、これも好ましくない。


<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー ベッド</a>やローテーブルのある洋風の総2階建ではなく、和風として2階建を建築する場合は、すわりを考えて1階部分の中央部にのるように、バランスよく間取りを考えたい。


このときは1階に縁側を設けて下屋とし、通し柱とすることが肝心です。


外観にこだわって1階と2階をずらし、無理に下屋を設け、柱が通らないような構造は感心できない。


すわりのよい家は構造が合理的で、意匠にすぐれ、安定度が高いといえます。

]]></description>
         <link>http://fresho1.com/2011/07/post_50.html</link>
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         <pubDate>Thu, 28 Jul 2011 14:19:41 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>継続性のある運動　２</title>
         <description>「隅田川宣言」は、１９８５(昭和６０)年１１月１０日、東京都台東区の浅草公会堂における沿岸市民グループの近未来の隅田川像に対する意思表示です。


その要点は、世界都市東京の顔として、「白魚が棲み、子どもたちが水辺で遊び泳げる清流にする」という、水質の改善と水辺の復活を願うアピールです。


河川の水質環境基準のB類型を目標とし、水辺へのアクセスを可能にする緩傾斜堤防へ改造し、川を軸とした新しい景観のまちづくりを求めています。

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         <pubDate>Mon, 18 Jul 2011 13:24:29 +0900</pubDate>
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         <title>継続性のある運動　１</title>
         <description>快適な潤いのある生活空間を創り出すために、市民が連帯し、ねばり強い継続性のある運動が必要です。


水と緑の豊かな潤いのあるまち、子どもたちに誇って継承できる生活環境、これを実現するために、水系の上下流に住むすべての人びとが交流を深めることこそ重要です。


市民がこぞって知恵を出し、近未来の水辺を創造する会議「隅田川市民サミット」が結成され、この新しいまちづくりの啓蒙運動が、一隅田川宣言」と一深川アピール」に結実した。
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         <pubDate>Sat, 18 Jun 2011 13:24:13 +0900</pubDate>
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         <title>西洋</title>
         <description><![CDATA[西洋では同様の占いをウイジャ・ボードあるいはプランシェットといいます。


しかし、一般にはコックリの神霊は狐と考える向きが多いようです。


それは、コックリに入れ込みすぎたために狐愚きになってしまう者がいることからもわか。


1970年代の後半には多くのティーンエイジャーが精神科の治療を受けたといいます。


高橋紳吾氏は、コックリの最中の参加者は


「集団催眠の状態にあって、参加者は質問者であると同時に霊媒でもあります。本来これは愚依の前段階といってよい」(『きつねつきの科学』)と述べています。


少年少女の遊びにしては、じつに危険な要素を含んでいるといってよいでしょう。


それゆえ、コックリ占いは最後にコックリに「どうぞ、お帰りください」と言って霊を帰して終わらないと集りがあると、厳しい禁忌が示されるのです。


ちなみに、一般的な<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>ですね(=ﾟωﾟ)ﾉ

]]></description>
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         <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 13:39:38 +0900</pubDate>
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         <title>友人のこと　５</title>
         <description>私にとってRはもはやたった一人のフランス代表者ではなく、たくさんのフランス人のうちの一人で、たまたま日本語もしゃべれる人、という意味に変わってしまったからかもしれないのです。


そして彼女は「R」から「ランダ」になりました。


日本語で話していた時は丁寧な「ですます言葉」だったが、今は親しい間柄のフランス語であたりまえのように私たちは立ち話をしていました。
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         <pubDate>Tue, 17 May 2011 13:11:16 +0900</pubDate>
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         <title>友人のこと　４</title>
         <description>2人の間に8年前、日本語でのコミュニケーションがあった、というか、それしかなかった、ということがまるで嘘のように、その夜私たちはごく普通にフランス語で話をした。


8年前はあれほど権威的で威張っているようにみえたランダが、その晩はむしろ少しはにかんで気弱な様子にみえたのが不思議だった。


話す言葉によってこうも人の印象とは変わってしまうものか、と驚きました。


いや、それは言葉のせいだけではないかもしれません。


私の方が変わった、つまり、8年前は1週間だけの訪問者だったのが、その後この国に住まいを持ち税金を払う生活者となり、その間、血の通ったスポークスマンたちに数え切れないほど会ってきた。
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         <pubDate>Fri, 15 Apr 2011 13:11:04 +0900</pubDate>
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         <title>友人のこと　３</title>
         <description>フランスという国に対する予備知識があまりなかったこともあり、彼女の解説するフランスは、そのまま私にとっての生身のフランスであったのです。


彼女はそう、私が出会った最初のスポークスマン、何も知らない私にフランスを紹介してくれる、血の通ったスポークスマンだった。


「こんばんは、ランダ」その夜はしかし、私の方から近づいていってフランス語で声をかけた。


一瞬、誰だったかしらという気まずさで目を細め、そして(相変わらず名前は思い出せないまま)「まあ、こんばんは」と彼女はフランス語で答えました。</description>
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         <pubDate>Thu, 17 Mar 2011 13:10:53 +0900</pubDate>
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         <title>友人のこと　２</title>
         <description>Rは私にとってランダと呼ぶのでなく、R、それも日本語のカタカナ発音で呼ぶ方がピンとくる女です。


R、R、R。


前回彼女に会ったのは、私がパリに来たばかりの頃だったから少なくとも6年前。


そしてその前はそれに先立つこと2年日本から出張でパリに来ていた時に仕事を通じて初めて彼女に会ったのでした。


彼女は私が日本語を通して知り合った数少ないフランス人の一人だった。


フランスに住むなどという発想すらなかったあの頃、日本語が話せるRは短期出張中の私たちにとって、通訳であり案内役であり、そうしてフランスという未知の国への扉そのものでもあったのです。


フランスではこう、といわれればなるほどそうかと思い、フランス人ならこうする、といわれればそんなものか、と感心した。
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         <pubDate>Tue, 15 Feb 2011 13:10:41 +0900</pubDate>
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         <title>友人のこと　１</title>
         <description>友人Jの(二度目の)結婚を祝福するためパーティは、セーヌ川に面した建物の最上階にある広々としたアパートで開かれた。


私より15ほども年上の人とその夫が招いた客たちの大半は中年という年格好で、その中に見知った顔はほとんど見当たらなかったのです。


牧場の少女を思わせるような昔風の生成りのドレスに身を包み、ほんのりと顔を上気させている新婦におめでとうをいいにいった後、そんなわけで私は居間の壁に寄りかかり、何とはなしにその場にいる人々の様子に目をやっていました。


するとそこに彼女がいるではないか!


忘れもしない長い顔と、ちょっと魔法使いのようなわし鼻。


青白い顔も、禁欲的な黒いパンツスーッも、みんな昔のまんまだ。


連れはいないらしく、所在なげにぽつんと立ち尽くしています。


名前は何ていうのだったかしら・・・。


Rああ、何と懐かしい。</description>
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         <pubDate>Mon, 17 Jan 2011 13:10:21 +0900</pubDate>
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